小型カムコーダーの引きぼけ
SONY HXR-NX5Jで発見した「引きぼけ」
SONY HXR-NX5Jで発見した「引きぼけ」
2017年5月1日現在,NXCAMの現行機種であるHXR-NX5Rには「フランジバック調整機能」が搭載され,本ページで取り上げている「引きぼけ」は概ね解消されています。
以下の記事は,2010年〜2013年頃の状況に基づくものです。
2010年10月上旬,SONY HXR-NX5Jを導入しました。新しい機材の導入時には一通りの動作確認をしますが,その過程で「引きぼけ」を確認しました。「引きぼけ」とは,望遠端でピントを合わせてズームアウトすると,ピントが合っていない状態になる現象です。レンズ交換式ビデオカメラで「フランジバック調整がずれている状態」と,同じ症状です。ビデオ撮影の基本とも言える「望遠端でピントを合わせてから必要な画角になるようズームアウトして撮影」という手法が,成立しなくなります。
メーカーに症状を確認していただき初期不良交換されましたが改善されず,再度交換していただいた製品でも「引きぼけ」が確認できました。メーカー側で対応を検討してくれたようなのですが,残念ながら修理や調整で改善することはできないという結論でした。
更に調べた結果,HVR-Z5JやHVR-V1J,そしてPMW-160(発売前のデモ機で確認)でも「引きぼけ」が発生することが分かりました。
レンズ交換式のビデオカメラでは,レンズ交換の度にフランジバック調整を行います(画像2)。フランジバック調整が適切に行われていれば,「引きぼけ」に悩まされることはありません。しかしレンズ一体型のカメラの場合,ユーザーがフランジバック調整を行う仕組みは用意されていません。
レンズ一体型カメラのズームレンズは,ズーム位置によってフォーカス位置が移動しないよう光学系の機構が設計された本来の意味でのズームレンズとは異なり,ズーム位置によってフォーカス位置が移動してしまうバリフォーカルレンズを,電子制御によるフォーカス位置修正と組み合わせて使用していると考えられます。
電子制御のファームウェア修正などで「引きぼけ」を解消できるのではないかと想像したのですが,それも不可能とのことでした。
私が指摘するまで,この「引きぼけ」に関するメーカーへのクレームは無かったそうです。
NX5Jのような小型カムコーダーは,ディレクターさんやADさんがオートフォーカスで使用されたり,画質よりも機動性やコストを優先する用途が多いと思われます。ちょっとしたピンボケや画質の悪さは,問題視されないことが多いのでしょう。私自身も,編集の仕事でピントの甘いHDV素材を受け取ってもさほど気にしません。
また,ある程度絞りが絞られていると被写界深度が深くなり,「引きぼけ」は目立ちません。明るい場所でNDフィルターを入れ忘れると,「小絞りぼけ」も発生します。結果的に,「引きぼけ」による画質の劣化は「大した問題では無い」ということになるのかもしれません。
予算やその他諸々の都合で,本職のカメラマンがメインカメラとして小型カムコーダーを使う機会が増えてきているようです。
今回この「引きぼけ」について調べる過程で,ある編集マンからこのような話を聞きました。某番組の再現ドラマ収録で,普段ショルダーカメラを使っているベテランのカメラマンが小型HDVカメラを使用したそうです。編集の段階で,薄暗い室内で収録されたシーンのほとんどが「後ピン」になっていることが判明し,ベテランカメラマンの腕が疑われる事態になったそうなのです。断定はできませんが,「引きぼけ」が原因であると思われるケースです。
NX5Jの「引きぼけ」が具体的にどの程度なのか,遠景撮影で調べてみました。札幌市街を見下ろす場所にカメラを設置し,ズーム値Z00(広角端),Z30,Z50,Z99(望遠端)の4種類の画角で撮影した映像で検証します。常時絞り開放で撮影するため,絞り優先AEを使用しました。
NX5J本体のメモリー記録に加え,HD-SDI出力の映像を外部レコーダーで収録しました。OSD(オンスクリーンディスプレー)をONにした状態で記録することで,ズーム値とフォーカス値のメモ代わりにしています。以下,収録映像からの切り出し画像は,外部レコーダーで記録した映像を使用します。
まず,望遠端でピント合わせを行いました。画面中央部にあるテレビ塔(撮影場所から約4km)の文字盤が最もシャープに写るよう調整しました。その結果,フォーカスの距離表示は「335m」となりました。
次に,フォーカスリングには触らず(335mのまま),ズーム値50,30,00(広角端)で撮影しました。
掲載した画像は縮小しているのでわかりにくいのですが,ズームを引くに従って画面全体のピントが甘くなってゆきます。
次に,ズーム値50,30,00それぞれのサイズで,EXPANDED FOCUSを使用して厳密にピントを合わせ直して収録しました。
広角側になるにつれて,無限遠にピントが合うときのフォーカス値が小さく(短く)なってゆくことがわかります。広角端ではフォーカス値1.6mで無限遠にピントが合っています。
次に,ズーム値50,30,00(広角端)でフォーカス値335mで撮影した画像と,それぞれのズーム値でピントを合わせ直して撮影した画像を,ピクセル等倍で切り出して縦に並べて比較します。
無限遠にピントを合わせたときのズーム値とフォーカス値の関係を,表1にまとめました。
ズーム値 | フォーカス値 |
---|---|
99(望遠端) | 335m |
50 | 5.7m |
30 | 1.8m |
00(広角端) | 1.6m |
以上の結果から,「望遠端で遠景にピントを合わせてズームを引いて撮影」すると,無限遠より奥にピントが合う「オーバーインフ」の状態となり,画面のどこにもピントが合っていない状態になることが再確認できました。 このずれ幅には個体差があるかもしれませんので,レンタルなどで初めて使う際には,あらかじめテスト撮影で確認することをお勧めいたします。