2023年6月2日追記
このページの内容は、2021年1月時点での情報です。macOSのCMSやYouTubeの仕様は変更される可能性がありますので、十分ご注意ください。
2023年6月2日時点での簡易的な検証では、macOS 13.4(M1 Mac)上でYouTube動画を再生する際、Google Chrome (Ver. 114.0.5735.90,)はハードウェアアクセラレーションの有効・無効で表示結果が変わることを確認しています。
sRGBの外部ディスプレイを接続してカラープロファイル「sRGB IEC61966-2.1」を使用して視聴する場合、Safariやハードウェアアクセラレーションを有効にしたChromeではやや明るく表示されますが、ハードウェアアクセラレーションを無効にしたChromeでは概ね正しく表示されているようです。
※他の業務で忙しいため、今後詳細な検証を行うか否かは未定です。
追記終わりこのページは、2021年1月31日に暫定版を公開して以来不完全なまま時折更新を続けておりましたが、2021年3月15日に大幅に書き直しました。
YouTubeにアップロードした動画の色調が変わる?
最近ネット上で、「YouTubeは自動的に色調の変換を行うため、その色調変換を打ち消すような補正を施してからアップロードしないと、制作者が意図した色調で視聴者に見てもらうことができない」という話題を目にしました。macOS環境で編集を行っている方々の間で話題になっているようです。
しかし私が検証したところ、YouTubeが自動的に色調を変換していることは確認できませんでした。macOSのカラーマネージメントシステム(CMS)の問題*1と混同して論じられてる可能性が高いのではないかと考えられます。
本ページでは、YouTube再生映像を交えて考察してみます。
*1 macOSのCMSは、動画の標準規格であるBT.709の映像を、映像業界の基準(BT.1886)とは異なるパラメーターで表示します。詳しくは後述します。
YouTubeにアップロードする動画のおすすめの色空間
YouTubeでは、SDR動画をアップロードする際の色空間として、HDTV放送や家庭用ビデオカメラなどで広く一般的に用いられている「BT.709*2」を推奨しています。公式サイトから一部引用します。
SDR 動画をアップロードする際におすすめの色空間
YouTube では、SDR 動画をアップロードする際に標準の色空間として BT.709 を推奨しています。
色空間 色の伝達特性(TRC) 色域 カラー マトリックス係数 BT.709 BT.709(H.273 値: 1) BT.709(H.273 値 1) BT.709(H.273 値 1) 引用元:https://support.google.com/youtube/answer/1722171?hl=ja「アップロードする動画におすすめのエンコード設定」
この公式サイトの資料には、YouTubeの内部でどのように色空間が扱われているか詳しく書かれています。結論から申しますと、この資料から「SDR BT.709でアップロードされた映像は色空間の変換なしで公開される」ということがわかるのですが、せっかくなので引き続き検証を進めてゆきます。
*2 Recommendation ITU-R BT.709。国連の専門機関であるITU(国際電気通信連合)による勧告709 「Parameter values for the HDTV standards for production and international programme exchange」。
BT.709に沿ったモニター環境とは
「色調」に関する検証をするためには、適切なモニター環境について把握する必要があります。
モニター環境について触れるうえで、まず「色温度」の問題があります。国際的な標準規格ではモニターの色温度はD65と規定されていることに対して、日本の放送系ではD93が事実上標準となっています。
ノーマルな色調の映像を編集している場合には、D65とD93のモニターを同時に混在使用しなければ目の順応でカバーできるのですが、意図的に色を転ばせるような場合など、各々の色温度のモニター環境で少々イメージが異なって感じられることもあります(個人差があります)。日本国内でも、パソコン用のモニターはD65であることが多いと思いますので、一つの作品を日本国内のテレビ視聴用(放送やBlu-rayなど)とネット配信や海外向けにリリースする場合には少し悩みます。
しかしながら、モニターの色温度については今回の主題とは無関係なので、ここでは省略します。今回要点となるのは、「ガンマ値」です。
BT.709ではOETF(Opto-Electronic Transfer Function:光電気伝達関数)を規定していますが、EOTF(Electro-Optical Transfer Function:電気光伝達関数)は規定されていません。その理由の一つとして、2010年ごろまではスタジオのマスターモニターとして用いられる表示デバイスはCRT(ブラウン管)一択であったことが挙げられます。CRTでは、製品ごとにばらつきや性能差はあったとしても、物理特性にはある程度一貫性がありました。そのCRTの物理特性に合わせてOETFを決めていたので、事実上CRTの物理特性=EOTFだったわけで、あえてEOTFを規格化する必要がなかったと言えます。
現在、CRTは過去の遺物となってしまい、CRTの物理特性とは無縁の液晶や有機ELなどのデバイスがマスターモニターに使用されています。過去の膨大な映像資産の色調との互換のため、これら新しいデバイスを用いたマスターモニターも、CRTを用いたマスターモニターと同等の表示結果になる必要があります。そこで、CRTの特性を模したEOTFを規定したBT.1886*3が策定されました。BT.1886では、ディプレイのガンマ値は2.4と規定されています。モニター周囲の環境(部屋の要件)についてはBT.2035*4に詳しく記載されており、例えば部屋の照明は10ルクスと規程されています。HDTV制作現場では、暗い環境で視聴することが前提となっています。
画像1に、BT.709とBT.1886、そして両者を組み合わせた特性(システムガンマ)をグラフ化して示します。
BT.709のガンマ特性は、画像1左のグラフのように、0.51乗のべき関数に近似します。BT.1886ではディスプレイのガンマ値を2.4と規定していますので、画像1中央のグラフのような特性です。BT.709とBT.1886を掛け合わせると、画像1右のグラフのような特性になります。 これは、1.22乗のべき関数に近似します(0.51×2.40≒1.22)。
これをHDRでの映像制作に当てはめると、表示結果を「OETF」×「Inverse(逆)OETF」×「OOTF(Opt-Optical Transfer Function:光光伝達関数)」としたとき、OOTFが約1.2乗のべき関数で近似される特性と言えます。 平たく表現すると、HDTVの視聴環境は、デフォルトでガンマ1.2の補正がかかっているのです。
映像編集室やグレーディングルームなどの薄暗い環境で映像を見るときは、人間の目の特性を補正するため、システムガンマは1(リニア)ではなく1.2程度が望ましいとされていますので、BT.709とBT.1886の組み合わせは理にかなっています。
この、「システムガンマが1.0(リニア)ではなく、約1.2になるのがHDTVのお約束」ということが重要なポイントです。
macOSのカラーマネージメントはこの「お約束」を無視してガンマ値1.96相当で表示し、システムガンマが1.0(0.51×1.96≒1.0)つまりリニアになるようです。これが、macOS環境でYouTube動画などを見たときに色調が変わってしまう問題の原因と考えられます。YouTubeに限らず、QuickTime Playerや様々な動画再生ソフトでも同様です。
一部例外もあります。たとえばAdobe Premiere Proでは、macOSのカラーマネージメントの配下でもできるだけ規格に沿った映像表示ができるような仕組みを用意しています。おかげで、MacでもPremiere Proの編集画面上では「正しい表示」に近い結果が得られるのですが、この辺の事情をご存知ではないMacユーザーからは、「Premiere Proだけ色が変わって見える」という声が挙がってしまうという、本末転倒な状況も発生しているようです※5。
放送番組制作やハイエンドの映像制作の現場でもMacは使われていますが、このカラーマネージメントの問題がトラブルを起こすことはありません。なぜなら、一定以上のモニタリング精度を要求される作業では、AJAやBlackmagic Designなどのベースバンド出力できるボードなどを併用し、高価な(約50万円〜)映像評価用のモニター(マスターモニターやそれに準ずるピクチャーモニター)を使用しており、macOSのCMSを経由した表示を色の評価の基準には使用しないからです。
HDTV制作で色の評価を行う映像編集室やグレーディングルームは、BT.2035とBT.1886に従ったモニター環境を用意するわけですが、一般的な視聴環境(リビングルームやオフィスなど)は映像編集室やグレーディングルームほど暗くないことが多いと思います。明るい室内での映像視聴の際には、暗い環境での視聴と比べて画面の輝度を明るくすることが必要ですが、視聴に適したシステムガンマも異なります。暗い環境のシステムガンマは1.2程度が適していると言われていますが、明るい環境のシステムガンマは1.1程度が適していると言われています。つまり、明るい室内での一般的な視聴環境では、モニターガンマは2.2(1.1÷0.51≒2.2)程度が妥当と言えます。
SONYの家庭用テレビBRAVIAの画質設定を確認すると、「暗い環境で原信号に忠実」なカスタムモードではガンマ値2.4、一般的な家庭のリビング向けのスタンダードモードではガンマ値2.2がデフォルト設定になっています。
なお、パソコン用モニターで標準的なsRGBは、モニターガンマが2.2で色域はBT.709と同等なので、明るい室内でのBT.709映像視聴に適した表示になると言えます。
【余談】
カメラガンマとモニターガンマについては、「鶏が先か卵が先か」に近い感覚を感じます。テレビ創世記(1930年〜1940年くらい?)の「CRTの特性に合わせてカメラガンマをかけた」というのが始まりなのは間違い無いと思うのですが、システムガンマ1.2が適当という説がいつ頃でてきたかは、調査不足でわかりませんでした。
EBU TECH 3320*6 付録Aには、「薄暗い視聴環境では、システムガンマは1.2が適当」であり「CRTのガンマは2.35」であるから、「カメラガンマは1.2÷2.35≒0.51」となるが、「純粋なガンマ曲線は黒に近い信号のゲインが非常に高くなってしまう」ので「黒に近い部分だけ直線にして、ガンマ0.45のカーブをつなぐことでガンマ0.51のカーブに近似させたのがBT.709」という旨の説明があります。
この説明からは、BT.709という規格が登場したときには、既にシステムガンマ1.2が前提だったように読み取れます。
しかし、日本のARIBによる「TR-B28:平面ディスプレイ(LCD、PDP)に対するマスタモニターとしての要求条件」という技術資料の「付録9」からは、異なった印象を受けます。
平面ディスプレイ(FPD)をマスタモニターとして使用する場合の要求条件を設定する議論では、FPDタイプのマスタモニターになっても既存のCRTマスタモニターと同様の特性を持っていることを基本方針にして進められた。CRTマスタモニターをプリセット状態で測定したところ、γ特性(正確には入力信号と輝度値との入出力特性)はほぼ2.2乗のカーブを示したため、「Rec.ITU-R BT 709 で規定されたγ特性(約1/0.45乗)の逆特性に従っていること」をTR-B28 1.0 版では要求条件として設定した。
しかし、制定後、1年余が経過した頃に、CRTマスタモニターのγ特性(入出力特性)はカメラ側の特性を規定したRec.ITU-R BT 709の光電変換特性の逆特性になっていないこと、および黒信号(8ビット表現で輝度信号がレベル16)におけるCRTマスタモニターの画面輝度の調整状態や周囲光によってγ特性(入出力特性)が変わることがメーカ委員から報告された。
「Rec.ITU-R BT 709で規定されたγ特性の逆特性に従っていること」はCRTマスタモニターのγ特性と同等の性能を求めていないことになり、基本方針に反する不適当な表現となった。
引用元:ARIB TR-B28 1.1版「付録9 CRT マスタモニターのガンマ特性に関する再測定結果」
この資料からは、少なくともTR-B28 1.0版が策定されたときにはシステムガンマが1.2という考え方は無かったようです。
TR-B28 1.0版では「Rec.709の逆特性に従うこと」と書いてはいるものの、オフセットを含めた近似値1.96(1/0.51≒1.96)ではなく、オフセットを無視した2.2(1/0.45≒2.2)になっているわけですが、「モニターの特性はBT.709の逆特性」という要求条件(1.1版で不適当な表現とされた条件)は、くしくも現在のmacOSのカラーマネージメントの考え方に通ずるものがあります。
いずれにせよ、BT.709のSDR映像に限れば、CRT全盛期はCRTを用いた「マスターモニター」が映像の基準であり、そのCRTマスターモニターで「正しく見える」ことが大前提だったことは事実であり、現在もCRTのマスターモニターと同等の表示をする液晶や有機ELなどの「マスターモニター」が基準になっています。
*3 Recommendation BT.1886。国連の専門機関であるITU(国際電気通信連合)による勧告1886 「Reference electro-optical transfer function for flat panel displays used in HDTV studio production」。
*4 Recommendation BT.2035。国連の専門機関であるITU(国際電気通信連合)による勧告2035 「A reference viewing environment for evaluation of HDTV program material or completed programmes」。
*5 Adobeのユーザーコミュニティ(US版)でしばしば議論されています。
*6 EBU Tech 3320。EBU(欧州放送連合)による技術資料「Reference electro-optical transfer function for flat panel displays used in HDTV studio production」。
YouTubeの色調検証に用いた映像(動画ファイル)について
前置きが長くなりましたが、YouTubeの検証に進みます。
検証用の映像として、「マルチフォーマットカラーバー(ARIB STD-B28)」を使用します。標準規格STD-28に記載された「8bitの公称値」に合致し、パターン2部分が75%白のタイプを用意しました。非圧縮4:2:2 8bitのAVIファイルから、EDIUS 9を用いてALL-IntraのH.264 MP4ファイルに書き出して、YouTubeにアップしました。
この動画をいくつかの視聴環境で再生して、波形モニター・ベクトルスコープによる計測などにより、色調の変化を観察します。
テレビによるYouTube視聴
画質にこだわるYouTube視聴者層には、テレビを使用して視聴している方々も多いのではないかと思います。そこで最初に、「Fire TV Stick 4K」にてYouTube動画を視聴する場合を検証してみます。
著作権保護技術(HDCP)の関係で、Fire TV Stick 4KのHDMI出力をSDI変換して波形モニターへ出力することができないため、SONYのピクチャーモニター(PVM-A170)を用いて、目視と簡易波形表示にて確認します。
まず、非圧縮8bitYUVのカラーバーをEDIUS9で再生し、 DeckLink 4K Extreme 12Gを用いてPVM-A170に表示させました。次に、YouTube動画をFire TV Stick 4Kにて再生し、HDMI接続したPVM-A170に映し出しました。
それぞれの画面をデジカメで撮影し、並べたものが画像4です。両者を比べると、目視では全く同じ色調で表示されているように見えます。それぞれの画面右下の簡易波形表示を比較しても、問題となるような色調の変化は認められませんでした。
画像5は、簡易波形表示(拡大)と、簡易ベクトルスコープ表示をトリミングして並べたものです。
画像5左のように、YouTube動画の再生映像にもPLUGE(Picture line-up generation equipment)信号に含まれる-2%の信号が確認できます。少々見にくいですが、ベクトルスコープによる表示も問題はありません。
以上の結果から、「YouTubeにて色調の調整は行われていない」と考えられます。
Fire TV Stick 4Kのほか、SONY製BDプレーヤーとPanasonic製BDレコーダーのYouTube再生機能でも検証しましたが、YouTube再生時の色調の変化は確認できず、いずれも-2%のPLUGE信号も再生できました。
Windows 10環境でのウェブブラウザによるYouTube再生の場合
次に、WindowsパソコンによるYouTube再生映像を調べてみます。グラフィックカードのHDMI出力をHD-SDIに変換したうえで、波形モニターを用いて観察します。
使用した機材は、NVIDIAのGTX1080を搭載したパソコンとHDMI→SDI変換器(Blackmagic HDMI to SDI 3G)、そして波形モニター(Tektronix WFM700)です。SDI変換した信号はピクチャーモニター(SONY PVM-A170)にも入力し、目視でも確認しました。
パソコンのディスプレイ設定は、画像6左の通りです。
ここで、波形モニターの表示の見方を簡単に説明します。
画像7は、マルチフォーマット・カラーバー(8bit版)を波形モニターで表示している様子です。
左の「輝度信号」の波形では、ランプ信号(黒から白へのグラデーション)の傾きが直線になっていることを確認します。中央の赤・緑・青の波形の並びでは、各色のレベルが75%で水平で一直線になっていることを確認します。そして右のベクトルスコープでは、各色の点が規定の色相・彩度(小さな四角の中)に入っているかを確認します。
画像8は、YouTubeにアップしたマルチフォーマット・カラーバーをGoogle Chromeで再生している様子です。PLUGE信号に含まれる-2%の信号は消失しているものの、正しい色調で再生されています。Microsoft Edgeによる再生も同様でした。
この検証からも、「YouTubeにて色調の調整は行われていない」と言えると思います。
Webブラウザでの静止画の色再現に関しては、Windowsの「色の管理」が重要な意味を持ちます。しかし、YouTube動画再生にはWindowsの「色の管理」が影響せず、"そのままの信号"で出力されるようです。そのため、今回のようにBT.1886に沿ったモニターを接続すると、ほぼ本来の正しい映像で表示されます。また、一般的なsRGBモニターを使用している場合にも、ほぼ正しい色調で明るい室内での視聴に適したガンマ値で表示されます。
今回は検証していませんが、Adobe RGBなど広色域モニターを使用している場合には、「色の管理」にて適切なプロファイルを選択していたとしても、YouTube動画は正しい色で再生できない可能性があります。
macOS 10.15.7 環境でのウェブブラウザによるYouTube再生の場合
次に、MacBook Pro(Mid2012)を用いて表示を確認します。これまでの検証で、YouTubeでは色調の調整は行われていないと判断して差し支えないので、ここからの検証は「macOSにおいてYouTubeのBT.709動画はどのように表示されるか」という視点で検証を進めてゆきます。
まず、Windows 10での検証と同様に、MacBook ProのHDMI出力をHD-SDIに変換してピクチャーモニター(PVM-A170)と波形モニター(WFM700)に接続します。
macOSでは、各デバイスのカラープロファイルを適切に指定することが重要になってきます。今回は、接続しているモニター(PVM-A170)や波形モニターなど、BT.709の制作環境向けの機材にて表示・計測しますので、画像10に示したとおり、International Color Consortium(ICC)で提供している「ITU-RBT709ReferenceDisplay.icc」※7を使用します。このプロファイルのモニターガンマ値は、約2.4です。
macOSに付属するWebブラウザであるSafariを用いて、YouTubeにアップしたマルチフォーマットカラーバーを再生しました。その観測結果が画像11です。
画像11右のベクトルを見ると色相は正確ですが、画像11左と中央の波形を見ると信号レベルが変化しており、ランプ信号が直線ではなくなりました。
これは、AppleのCMSが、「BT.709の映像を、ガンマ2.4のモニター上で、BT.709の逆関数(ガンマ値1.96に近似)での表示と同等になるよう調整を加えた」結果と考えられます。ランプ信号の低輝度部の立ち上がりが少し歪な形になっていることから、BT.709のオフセット部分を考慮した変換がされていることが考えられます。
このケースでは、BT.709のリファレンスディスプレイ(ガンマ値2.4)を接続しており、カラープロファイルも正しく選択しているので、HDTV制作の基準で考えれば「何も加工せず出力」されるべき状況です。 しかしAppleのCMSは、あくまでもBT.709の逆関数(ガンマ値約1.96に近似)を使用してリニアに表示するよう働くので、このような結果になってしまいます。
ランプ信号にふくらみが出て、本来75%になるべき信号が約80%になっていることからも分かる通り、コントラストが少し弱く明るめの印象で表示されます。
次に、画像12のようにカラープロファイルを「Blackmagic」に設定してみます。このプロファイルは、HDMI→SDI変換器を接続した時に自動的に設定されるものです。このプロファイルを開いてみると、ガンマ値は約1.96となっています。HD-SDI変換した先につながるモニターは、通常HDTV制作の基準に沿ったものであり、今回のようにガンマ値は2.4や2.2ですので、CMSの考え方からすると「間違っているプロファイル」です。
再びSafariでYouTubeのカラーバー動画を再生した結果が画像13です。
画像13からは、若干のレベル変化はあるものの、比較的オリジナルに近い信号になっていることがわかります。これは、AppleのCMSが「BT.709の映像を視聴するのに適したガンマ値1.96のモニターがつながっている」と誤認識しているおかげで、余計な信号処理を加えず出力している結果と考えられます。
macOSのカラーマネージメントが、なぜBT.709の映像をBT.1886に沿った表示にしないのかを説明した公式の情報は、残念ながら見つけられませんでした。しかし、Apple純正のディスプレイ「Apple Pro Display XDR」では、BT.1886に沿ったモードが搭載されており、AppleがBT.1886の存在をきちんと把握していることが窺い知れます(Appleは映像規格の策定にも関わっているので、当然のことと言えます)。
リファレンスモードについて
--中略--HDR/HD/SD ビデオなど、さまざまな種類のメディアを扱う制作現場の要件に応じて、Pro Display XDR に搭載されているリファレンスモードを使いこなせます。各リファレンスモードはそれぞれ、ディスプレイの色空間、ホワイトポイント、γ、輝度を設定します。Pro Display XDR に搭載されている各リファレンスモードについてご説明します。
HDTV ビデオ (BT.709-BT.1886)
ITU-R BT.709 および BT.1886 の勧告に準拠した HD ビデオ制作のワークフローでは、このモードを使います。ITU-R BT.2035 で規定されている観視条件の整備を念頭に作られたモードです。
引用元:https://support.apple.com/ja-jp/HT210435Apple Pro Display XDR でリファレンスモードを使う
引用部分で触れられている「BT.2035」は、前述の通りHDTV制作におけるモニター環境(暗所)を規定したものです。BT.1886は明るい環境での視聴には適していないのは前述の通りであり、明るい視聴環境で見る機会が多いであろう一般視聴者向けのモニターにて、BT.1886に準じた表示をすることは適切ではないとAppleが考えているのは間違い無いと思います。
実際に、家電量販店のテレビコーナーでは、HDTV規格に忠実な表示よりも、明るくダイナミックな映像の方が優れて見えるというのはよく知られていることかと思います。
明るいところでBT.709の映像を視聴する場合に適していると言われているガンマ値約2.2による表示(システムガンマ値約1.1)よりも、MacのCMSによるガンマ値約1.96による表示(システムガンマ1.0, リニア)の方が、暗い部分が黒潰れしにくく、明るく見やすい映像といえるのかもしれません。
*7 Rec. 709 Reference Display。インターナショナル・カラー・コンソーシアム(ICC)が提供する、ITU-R BT.709-5に基づく国際番組交換用のHDTV規格のパラメーター値。
結論
以上の検証結果から、YouTubeはSDR BT.709の動画に対して色調の変換を行っていないと考えられるので、推奨色域のBT.709の映像をアップロードするときは、そのままアップロードした方が良いと思います。
Macで再生すると許容できる以上に暗部が明るくなってしまうと感じられる場合には、Mac環境での再生専用に予めγ値を高くした映像をYouTubeにアップすることも選択肢には入ると思います。その場合も、γ2.4になるようγ2.4÷γ1.961≒γ1.22の補正をかけるか、γ2.2程度になるようγ2.2÷γ1.961≒γ1.12程度に抑えるべきか検討の余地があると思います。
しかし、メジャーな動画配信サイトで配信されているテレビ番組や映画などは、このようなMac向けだけのためのガンマ補正は行っていないと考えられるので、目の順応や視聴環境の違いなど様々な要因を加味して、本当にそのガンマ補正が必要なのか今一度考える必要があると思います。
視野を広げてみれば、『家庭用テレビの多くががスタジオモニターとは異なる色調で表示されている』ことと同様に、パソコンやスマホ、タブレットなどなどのYouTube視聴環境のディスプレイには、性能差などによる色調のばらつきはかなりあると思います。その中で、macOSのCMSによる表示ガンマの差は、大きな問題ではないように思います。
映像信号のガンマとは?
※ガンマに関するページを独立して作成する予定で途中まで準備していましたが、本ページの大幅改訂の結果重要ではなくなったので、更新停止中です。
機材協力:くつした企画